本は読め読め

音楽好きの読書と買い物メモ

Playing In The Band

Playing In The Band

Author:David Gans and Simon

デヴィッド・ガンスのことが少しだけ苦手だ。

もちろん彼の功労は計り知れない。Grateful Dead Hour(GDH)のホストとして、これまで8百(?)を超える番組を放送してきた(すいません、記憶で書いてます。正確な数字はまた調べておきますが、いずれにせよ、半端な放送回数ではないということです)。この番組でしか聞けない音源も数多く存在している。そもそも番組自体が、トレードや音源ダウンロードの対象になるほどの人気で、彼がデッド界において、いわば功労者の一人であることは、誰にも異論はないだろう。

ただ、こと書籍という面に話を限ってしまえば、どうもガンス(呼び捨てだ)の話は分かりにくい。当初はそれが言語の壁から来る分かりにくさなのだと自分を納得させていた。しかし、例えばブレアー・ジャクソンの書籍に、そんな分かりにくさは見当たらなかったし、スティーヴ・シルバーマンの文章にも、そんなものは感じられない(シルバーマン氏の比喩はなんだか訳しにくい。ただ論旨が分かりにくいと感じることは極めて少なかった)。

自分なりにガンスとの相性について、ここ数日、色々と考えているのだが、ただひとつだけ思いついたことがある。それは彼が自分を基準にしてものを言いがちだということである。ご存知の方もおられるだろうが、ガンスは自分でも音楽活動をしていたことがある。若き頃はフォークシンガーになることを夢見て、女性とデュオを組んでいたらしい。そのキャリアがどれくらいのもので、どこまでモノになっていたのかを、知る由もないが、その頃の体験を元に「曲を作るということは」的な話を進めることがある。

もちろんガンスだって、まったく回りのことを考えていないわけではない。彼とて、自分のことを話に出していいときと、出すべきでないときのけじめはキチンとつけている。でも僕の目にするガンスの発言や記事の多くは、自分の音楽活動体験を絡めた話をしているような気がする。

本書はデヴィッド・ガンスと写真家のピーター・サイモンが共著という形で出した書籍だ。確かに広く浅く、多方面に渡って記述はあるが、こうしたヴァラエティ本を、改めて取り出して眺め直すことは稀である。なぜなら、そこでしかお目にかかれない記述が少なく、そこに新たな切り口を発見することが極めて少ないからだ

もちろん、85年の発売という時期を考えれば,(後の87年のブレイク以前に)この内容で書籍を出したことは非常に意義深いと考える。ただ,2000年以降の今の視点で本書を読み砕いたときに,多くの発見があるか?と聴かれれば,答えは残念ながらノーである。本書が伝えようとしたことは,時代の熱気であり,現在進行で動き続けるバンドと,彼等の周辺に作り出された数々のシーンの記録である。ガンスが本書で作り出した功績は,このバンドについては,こうした見方もあるし,更にこういう見方もあるという,いくつものベクトルの提示だ。それらのベクトルを受け取る形で,次の世代の書き手たちが,それぞれの方向性を太く深く追求していったのだろう。そしてその方向性は細分化され,確かに開花したと思われる。
ただ,残念なことに,その後のバンドの活動停止までの10年間の変化は激しく,その時点までに本書の役目は終わってしまっている。

今後のガンスに期待することがあるとすれば,僕が本当に読みたいのは、彼がGDHを製作するにあたっての苦労話や、番組作成のノウハウなのだ。自由に出入りしてよいと許可されたヴォルトに入って、数知れぬテープの山から放送用の音源を探し出したときに、彼が何を感じたのかを教えて欲しいのだ。
裏話とボーナス音源をオマケで付けた「コンプリートGDH本」を出してさえくれれば良いのになあ。みんなが求めているのはそれなんだぜ、ガンス。